私がウォーキングを始めた理由
私はここ半年前から毎日欠かさず5,000歩以上歩くようにしている。仕事のある日はいつも自然と目標を達成するのだが、休日は意図的に外を1時間程度歩き回らなければならない。俗に言うウォーキングという奴だ。最初は苦痛だった。しかし3か月ほど続けると習慣化し、それを苦痛とは感じなくなった。
始めたきっかけは2024年から始めたお金や自己啓発に関する勉強だ。何冊かそれ系の本を読むと、大抵「適度な運動は体にもお金にもいい」と記されている。様々な科学的なエビデンスを突き付けられ、目を背け続けることが難しくなり、重い腰を上げた。せっかく勉強しているのだから、実践しなければ意味がない。無知な私は、とりあえず本に記されている「成功者」の言う事を素直に取り入れることにしている。
「何でもとりあえずトライする」。
そう決めたのだ。ぼーっと無為に消費してしまったこの10数年間を繰り返すわけにはいかない。
歩きながら思った香川県の事

今日は海まで歩いた。歩きながら、東京から香川県へ移住してきて今年で15年目になることに気づいた。どうして移住してきたのか、などはまた別の機会に詳しく綴ることにして、移住者として香川県がどうか、これから移住を考える人に少しでも参考になればと思い、歩きながら思った香川県の事を簡単に綴ろうと思う。
マイナスな点を先に2点挙げる。
1点目は、他の地方都市と同様にある程度排他的であると言う事だ。移住が成功するかはこの地域特有の排他性に慣れることができるかは大きい。余所者に対する偏見と差別だけではなく、同じ香川県民でも、社会的地位や職業・住んでいる場所・その他諸々で、「自分のテリトリー外の人」に対して残念な言動や態度を取る人を見聞きすることが多い。つまり移住者であろうが地元民であろうが「自分のテリトリーと定めた人以外」に対して異常に冷たいのだ。私は東京からの移住者だが、元々の生まれは東日本の地方都市で、大学進学と共に上京した。地方都市の排他性はある程度理解しているつもりだったが、最初の数年は本当に苦労した。
2点目は、自分に対して異常に甘い事だ。香川県に住むと、よく地元民から自虐的に「香川は運転マナーが悪い」という事を耳にする。実際客観的なエビデンスも出ており、交通事故に関する様々な統計でワーストいくつかに入ってくる。しかし、しばらく住んでいると交通事故というのは「本質的な問題」の結果に過ぎない事が見えてくる。本質的な問題とは、それはつまり「自分(あるいはテリトリー内の人)に対する異常な甘さ」だ。ルールを守らないのだ。「ちょっとくらいいいでしょ」という甘えが根底にある。交通事故はその甘えが結果として物理的に現れるから分かるだけで、その他の事(仕事や日常生活)でも至る所で「事故」が起きる。それを受け入れ(諦め)られるかどうか。私たち夫婦と同時期に移住してきた方達が何組かいたが、長い方でも2年足らずで皆東京へ帰っていった。移住は簡単ではないのだ。
プラスな点。

私は晴れた日にこのベンチで本を読むのが大好きだ。この贅沢なロケーションの公園が、ほぼ貸し切り状態で放置されている事、東京ではまず考えられないだろう。
プラスな点もいっぱいある。それはおいおい綴っていこうと思う。
ウォーキングのメリット
今日は最終的に7,000歩歩き、このベンチに座り読みかけだった本を1冊、読了した。ウォーキングをするようになって見つけた公園だった。ウォーキングは科学的なエビデンス以外にもメリットがあるようだ。
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