
自己紹介
私は三毛猫である。名前は数え切れない。
私に家は無いので、行く先々で人間は私を適当に呼ぶ。ある家では「ミケ」だったり、ある家では「タマ」だったりする。一応「主にいる場所」はあったのだが、そこは「カイシャ」と呼ばれるところで、夜は誰もいなくなるし、定期的に2日位誰も来なくなる。また、たまに人間の言うところの長期休暇とかいうのがあるのだが、それが来る毎に私は「シャイン」の誰かの家に連れていかれた。私は主にヒナタで寝ている事と、有り余る食欲から食べ物を全力で催促するだけなのだが、皆がちやほやしてくれるのでこの暮らしは悪くない。
人間は好きだ。
食べ足りないが一応食べ物をくれるし、目の前で寝転がれば撫でてくれるし、乗っかると温かい。たまに髭を切るやっかいないたずら好きがいるけど、まあ許せる。私は出来ればずっと人間と一緒にいたいけど、カイシャにいる以上無理みたいだ。

3歳頃
確かあれは私が3歳の時。「ネンマツネンシ」とか言う寒い時期だった。私は若いカップルの家にいた。女の方は見たことがある。何度か女の実家とか言う家に預かられた事があるからだ。ちょっと抜けているところがあるが優しい奴だ。男の方は初めて見る。「こんな大きな猫初めて見た」。見た目も悪ければ、どうも失礼な奴みたいだ。こいつとは少し距離を取っておこう。
1月4日。私がカイシャへ帰る日。男と女が電話越しに何やら話している。電話が終わった。
「今日からここが、あなたの家だよ」。
3人でささやかなお祝いをした。数日一緒に過ごしたが、男もなかなかいい奴みたいだ。朝も夜も関係なくちやほやしてくれるし、正直嬉しい。この日以降、私は家猫になった。

ある日
ある日、何やら大きな声で男と女が言い争いをしている。まあ猫の世界にもたまにあるやつだ。うるさいし、私は撫でてほしいから、男の前でお腹を出して寝転がる。引きつっていた男の顔が徐々に和らぎ笑顔になってお腹を撫でる。女の膝の上に乗っかった。女も笑顔になって私の背中を撫でる。空気が穏やかになった。そう、喧嘩なんてどうでもいいからただ私を愛でればいいのだ。
4歳頃~6歳頃
ある日、男と女が「フウフ」とかいう関係になった。二人は私を抱き上げ「(三毛猫の名前)は、僕らの子供だね」と嬉しそうに話しかけた。しょうがない、これからこの男を「父ちゃん」と呼び、この女は「母ちゃん」と呼ぼう。私たちは幸せだった。
私には不満が1つあった。父ちゃんも母ちゃんもほとんど家にいないのだ。フウフとかいうのになった後、間もなく私たちは新しいマンションへ引っ越した。私は出来れば同じところに長く腰を据えて住みたいのだけど、どういう訳かよく移住する羽目になる。毎日毎日、父ちゃんも母ちゃんも朝早く家を出て、夜クタクタになって帰ってくる。ほどほどに私を愛でると、すぐ寝てしまう。私はもっと愛でられたいのだ。こんなことならカイシャにいた方が良かったのかもしれない。

6歳頃~17歳頃
「これからはもっと長い時間(三毛猫の名前)と一緒にいられるよ!」。母ちゃんが嬉しそうに私を抱きかかえて話す。「ただし香川県へ引っ越すけどね」。父ちゃんがくたびれた感じで補足した。また引っ越すのか。まあ一緒にいる時間が長くなるならしょうがないか。
香川県に移住してからも、更に1回引っ越した。まったく引っ越しが好きなフウフだ。しかしそれが最後の引っ越しだった。移住当初は父ちゃんも母ちゃんも色々と忙しそうだったけど、しばらく経つと落ち着いた。私も東京にいた時よりも存分に愛でてもらえて幸せだった。しばらく平穏な日々が続いた。途中、なんか小さくて生意気なキジトラ猫が増えたり、騒がしい小さい人間が増えたりしたけど、まあ何とかなった。私たちは5人家族になった。
そういえば小さい人間が上手に言葉を発し始めた頃だろうか、私はよく喉が渇く様になった。

17歳頃~20歳
前は年に1度しか行かなかったのに、最近はよく動物病院へ行って注射されるようになった。病院帰り、父ちゃんは毎回泣くようになった。シミの増えた父ちゃんの横顔は、出会った頃より穏やかになった気がする。私は老いた。年老いた猫は「ジンゾウ」とかいうところが悪くなるそうだ。「これからは何を食べてもいいんだよ。お腹いっぱい食べてね」。母ちゃんが私の好きそうなものを色々と出してくれた。だがどうしてだろう。一昔前までは、何でもかんでもお腹いっぱい食べたかったのに、近頃はあまり食べたくない。私は徐々に痩せていった。
私は20歳になった。もうすぐ「サクラ」が咲く頃だ。ここ数年、動物病院の帰りに毎年父ちゃんとサクラを見た。「また来年も一緒に桜を見ようね」。いつも父ちゃんはそう言っていた。
2024年2月。私は何も口にできなくなった。ただただ眠い。父ちゃんと母ちゃんがずっと泣いている。そうだ寂しそうな時はお腹を出して目の前で寝転がると笑顔にできる。・・・のだが、私はもう動きたくない。夜、父ちゃんと母ちゃんが変わり番こに私をずっと撫でてくれた。いつもと違ってなぜかずっと寂しそうなままだったけど、私は幸せだった。
2日後。息がし辛い。夜だろうか、辺りが暗く感じるが私にはもうよく見えない。軽くなった私の体を、たぶん父ちゃんが抱きかかえている。
「ありがとう、大好きだよ」。父ちゃんかな。
「よく頑張ったね、また会おうね」。母ちゃんかな。
涙声が耳に心地いい。
父ちゃん。
母ちゃん。
私の方こそ、ありがとう。
私は最後の力を振り絞って、少しだけ鳴いた。
父ちゃん聞こえたかな?
母ちゃん届いたかな?
そうだ、サクラ一緒に見れなくてごめんね。
私はふーっと息をつき、深い眠りに入った。

20歳~今
母ちゃんが目いっぱい飾り立ててくれた祭壇に、父ちゃんが手を合わせている。私は足元で寝転んでいるのだけど、気付かないようだ。最近は私の代わりに、骨壺をよく撫でている。私が彼らから見えなくなった後、性懲りもなくこの一家はまた引っ越しをした。私は移住したくなかったけれど、しょうがないからついていった。たまに私の事を話し、皆で笑顔になっている。父ちゃんはたまに私の写真を見てはこっそり泣いているけど。頼りない奴らだから、これからもついていてあげようかと思っている。
私は今も、幸せだ。

父ちゃんが椅子の上で胡坐をかいている。私はその上で丸くなっている。いつものスタイル。父ちゃんの抜けない癖。「名前か・・・」。パソコン画面を見つめながら、父ちゃんが呟く。ちらりと祭壇に目をやる。
「にゃんこ」。
私は顔を上げる。
「『香川にゃんこ』にしよう」。
私は三毛猫である。名前はー。