
建築現場の思い出
20数年前、東京、丸の内、深夜3時。貧乏学生だった私は、ある高層ビルの建築現場で埃にまみれながら「ガラ袋」をトラックの荷台に積み込んでいた。一緒に作業していた同い年くらいの大学生は、私の様な田舎者とは明らかに雰囲気の違う「イケてる」顔立ち、格好、長身で短髪・茶髪。私は「生活の為」の夜勤肉体労働だったが、彼は「遊び資金の為」の肉体労働。「全然違う人生なんだろうな」。心の中で私は呟く。
休憩時間。一期一会の関係であることはお互い分かっていて、当たり障りのない会話をしている最中、話題は出身地の事に。私が恥ずかしそうに出身地を言った途端、「全然違う人」と思っていた彼は嬉しそうに身を乗り出して携帯電話を私の目の前に突き出す。覗き込んだ彼の携帯電話の待ち受け画面には、白黒の古びた写真に納まっているある侍が写っている。正面の私をじっと睨んでいるその侍は、私の地元では知らぬ人のいない『河合継之助』だった。
『峠 上・中・下巻』読書感想文!
『峠 上・中・下巻』司馬遼太郎 著 新潮文庫
越後の小藩「長岡藩」が生んだ知る人ぞ知る幕末の英傑「河合継之助」の半生を、『竜馬がゆく』等の歴史小説で有名な司馬遼太郎が描いた『峠』。描かれている人物も含めて、知らない人にとっては「地味なタイトルだな!」と思うかもしれない。文庫分とは言え3冊は長いが、下巻まで読み切り改めてこのタイトルを見た時、あなたはきっと全く違う印象を抱く。
八十里 こしぬけ武士の 越す峠
『峠 下巻』 426頁より引用
敗走中、河合が自嘲気味に詠んだ句だ。「腰抜け」「越(後)し抜け」。新政府軍に打たれた左脚は既に腐敗し、臭気を放っている。「置いてゆけ」。仲間はその指示に従わず、河合を担ぎ険しい峠を会津目指して越えるのだ。
おそらくこのブログを読んでくれている希少な方の中で、「河合継之助」を知っている方はより希少になるだろう。「坂本龍馬」や「西郷隆盛」「大久保利通」や「勝海舟」等、幕末を彩った薩長や土佐藩の英雄の蔭にあって、小藩「長岡藩」と共に生きた「河合継之助」はあまりにマイナーだ。だが、是非ともこのマイナーな侍が幕末期の日本に存在していたことを知って欲しい。上記大衆の英雄以上に先見の明があり開明論者で、武士の身分でありながら武士(封建制度)の崩壊を正確に読んでいた男が、なぜ最終的に旧幕府軍として長岡藩を率い「勝てない」と『する前から分かっていた』新政府軍との戦争へと突き進むことになったのか。
河原を見下ろすと、老人が孫の死体を洗っていた。継之助は河原まで降り、
ーこれは、爺の孫か。
と問い、さらに家の様子をきくと、住む家もうしない、息子とその嫁は行方も知れぬという。
「ゆるしてくれ」
と、継之助は言い、言っただけでなく陣笠のひもを解き、笠を草の上に置いて頭をさげた。
「おれが家老になったのは、こういうつもりではなかった」
『峠 下巻』 370頁より引用
様々なちょっとした「アヤ」が重なり、本来河合が望んでいた未来とは大きくかけ離れた現実を迎えてしまう様は、恐ろしくもあるが全く他人事ではない。今の時代を生きている私達にも、少し何かしらのボタンの掛け違い、アヤが重なった場合十分に起こりうる事だ。
私達が普段よく目にする物語は「勝者」の側から描かれることが多いが、『峠』は歴史的には「敗者」の視点で描かれることになる。だがその敗者の掲げていた理想が「勝者以上に優れていた」としたら、はたして真の勝者は誰なのだろうか。そんな歴史の残虐性を感じながら、私は『峠』を読み終えた。
役所広司さん主演で映画化されてたみたいですね。読むのはちょっと・・・という方は映画どうぞ。
「峠 最後のサムライ」(Prime Video)
建築現場の思い出、その後
建築現場で出会った彼は、河合継之助がいかに彼にとってのヒーローなのかを熱く語ってくれたが、私はあいまいな相槌を返すことしかできなかった。正直に言うと、当時私は『峠』を読んだこともなく、語り合えるほど河合継之助をよく知らなかったからだ。今はどうか知らないが、私がまだ地元に住んでいた25年以上前「河合継之助」は「存在は知っていても、学校で積極的に取り扱うのは何となく憚(はばか)れる」ある種の腫物のような扱いを受けていたような気がする。『峠』を読み終えた今なら分かるが、過程はどうあれ河合の起こした行動は結果として長岡藩を滅亡へと追いやり、多くの町民の命を奪った結果を招いたからだろう。先祖を亡くした方も多くいるから難しい所だが、もっと授業とかでも積極的に取り上げて欲しかったなぁ・・・。と、無知を他人のせいにしてはいけませんでしたね、すみません。。
地元の英雄の話にいまいち乗ってこない私が、バイト終わりの別れ際「『峠』ちゃんと読むよ」と彼に返事をしてから20数余年。「今更だけどちゃんと読んだよ!」と名前も忘れた彼への報告も兼ねて書いた懺悔記事。まとめ方が分からずに徒に時間を消費して今(深夜2時)に至る。そういえばあの日の夜も眠かったです。お休みなさい。
面白いのですいすい読めます!