
私のランニングのお供・Audibleで、最近聴いた本のまとめ記事です。本選びのご参考にして下さい。
『コンビニ兄弟』 町田そのこ
九州に根差したご当地コンビニ「テンダネス」のとある店舗に携わる人々の、悲喜交々の人間ドラマ。フェロモンむんむんのイケメン店長、たまに訪れる髭面イケメンの店長兄、バイト店員、常連客。それぞれの物語があり、それぞれの問題を抱え、それらが絶妙に他の人の人生に関わり、登場人物たちは新しい第一歩を力強く踏み出す。
章ごとに語り部が変わるのだが、基本的な主人公はバイト店員の中年女性。店長のフェロモンに耐性があり、自身の多くを語らない店長の新たな一面を発見する毎に冷静な突っ込みを入れる事で、物語を小気味よく回す。
コンビニが舞台なので、老若男女様々な人がコンビニを訪れる。後悔を抱えながら働く青年、友人関係に悩む女子高生、夢を諦めそうな塾講師、偏屈じいさん、恋する若者たち、体調不良の美少女。コンビニは、誰かにとってはいつもの朝食の舞台であり、友情を育む秘密の場所であり、そしてそれぞれの人生に少しだけ寄り添いそっと優しく背中を押してくれる温かい場所として機能している。
作中、何か大きな事件が起きるわけではない。けれど思い返してみれば、私たちの人生は人様に言えるような大事件なんて滅多に起きない。かと言って、何も起きないわけでもない。あり触れた(けれどその時のその人にとっては重要な)出来事が、人知らずそこかしこで起きているはずだ。私も自身の人生を思い返しながら、苦々しくもどこか温かい感情に包まれた。
小さな出来事を、町田さんならではの視点で丁寧に紡ぎあげた良作。
『夜明けのはざま』 町田そのこ
家族葬専門の葬儀場「ケシミアン」を舞台とする人間模様。「常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクションである」と言ったのはアインシュタインだったか。この作品を通じて私が感じたのは、こういった「誰かの常識」の扱いの難しさだ。
興味深いのは、著者・町田さんはこの誰かの常識(偏見)を頭ごなしに否定はしていない点だ。登場人物たちが口にする眉唾物の言動にも、丁寧にその常識が身についた背景を描く。誰かの常識は他の誰かから見ると非常識この上ないが、しかしどんな非常識にもその形に行きつくまでに人それぞれの物語がある。視点を変えると、常識なんてものがどこにもないことに気付かされる。
対話と気付きを通じて柔軟に変化する各々の常識。それとは対照的に、絶対的な存在として描かれる不変の「死」。得るものと失うもの。変えるものと変えられないもの。それぞれの登場人物たちが自分と誰かを見つめなおし、喪失や痛みを伴いながらも希望を見出す物語。
(余談)全体的に各話の最後は腑に落ちるお話で、各々の主要登場人物達に感情移入するのだが、私的に第2部(だったかな?)の登場人物「ノザキ」だけは全然ダメ。町田作品には暴力・虐待・パワハラ男がよく登場するのだが、それとは別方向のダメ男で私は終始呆れた。読み手の上手さも相まって、徹頭徹尾イライラさせられる。「ちょっと優しい」くらいじゃ全くペイ出来ないクズっぷり。最後の娘の叫びに思わず「そうだそうだ!」と相槌を打ちたくなる、ある意味このシーンの爽快感だけでも必読の一冊。
『熟柿』 佐藤正午
ある事件で加害者となった女性の、その後の十数年に及ぶ物語。思い返してみると、加害者視点に立って綴られた小説というものはあまり前例の無い気がする。主人公の女性は一度の、しかし取り返しのつかないあまり大きすぎる過ちを犯してしまう。家、夫、獄中出産した息子。服役を終え出所してきた彼女には何も残されていなかった。どんなに望もうが、どんなに焦がれようが、それが加害者の当たり前だと言わんばかりに。ニュース等で見ただけだったら、きっと私もそう思う。「加害者なんだから(悪いことをしたんだから)当たり前だ」と。
彼女に安住の地は無い。どこからともなく情報は漏れ、拒絶され、蔑まれ、裏切られ、騙され、彼女は西へ西へと流れていく。法で裁かれ刑に服した彼女の周りには、刑法上では問題なくても彼女よりもよっぽど酷い倫理観を持ち合わせた人達が、何ら裁かれることなく日々を過ごしている。いつまでも陰日向で生きざるを得ない彼女とはあまりにも対照的に。
たった一度。その一度の判断ミスにより、彼女は謝り続ける人生を送る。被害者に、世の中に、そしてもはや顔も分からない息子に対して。悲痛な叫びは心の中だけでこだまする。「ごめんなさい」と。
私はどちらかと言うとハッピーエンドが好きだと思う。ハッピーじゃないにしても、何かしら物語が終わった時には主人公は前を向いていて欲しいと願う。最後、この物語にも(酷すぎる真実と共に)それは訪れる。しかしそれは、彼女が本来得るはずだった「普通の」人生には遠く及ばない。彼女が過ごした十数年の孤独と痛みには全く見合っていない。「加害者なんだから当たり前」。それを受け入れた人と、盲目的に押し付けた周りの人達。
熟柿。赤く熟して自然に落ちるまで。転じて、焦らず良い時期が来るのをじっと待つこと。最後の邂逅は機が熟した知らせなのか、それとも・・・。タイトルの妙にも深く感心させられた珠玉の一冊。
『たゆたえども沈まず』 原田マハ
兄で画家のヴィンセント、弟で画商のテオ。ゴッホ兄弟の物語に、当時パリで流行していたジャポニズムを牽引していた日本人画商達を絡ませて描いたフィクション小説。
ご存じの通り生前のヴィンセントの絵は全く売れず、画商だった弟テオの資金援助でその生活は成り立っていた。いい意味で芸術家らしい、枠にとらわれない生き方をしていた兄を、テオは献身的に支え続ける。お互いを慕っているのに、不器用に傷つけあいながら。
彼らの生き様を知れば知るほど「報われて欲しい」と私は願う。しかし既に歴史が証明しているように、その願いは残酷なまでに届かない。薄学な私は、ヴィンセント亡き後のテオがこんなに早く、まるで兄の後を追うように逝去したことを知らなかった。生前はごく一部の人達にしか認められていなかった悲運の兄弟。
たゆたえども沈まず。パリ市の紋章にラテン語で綴られている言葉だ。セーヌ川の氾濫、革命、幾度もの戦争。パリは都度揺らげども、その度、不屈の精神で甦ってきた。今、世界中でゴッホ(兄弟)の残した作品は愛されているけれど、やっぱり私は「もう少し早く彼らが認められていたら・・・」と思ってしまう。沈まなかったけれど、たゆたっている年月が長すぎる!(叫び)
ゴッホ兄弟、そして差別激しい異国の地で戦い続けた日本人画商達が命を燃やした1800年代後半のパリ。その激動の時代を緻密に、そして鮮やかに描き出した傑作小説。さすがの原田さんです。
まとめ
いっぱい走ればいっぱい聴ける。正にWIN-WINです。皆様も是非。
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