
最近は記事の投稿が無かったのですが、ランニングだけは頑張っていました。なので、とにかくAudibleはいっぱい聴けました。という訳で、Audibleで聴いた本のご紹介記事です。是非本選びのご参考にして下さい。
今までのAudibleお勧め本のご紹介記事はこちら。

『猫を抱いて象と泳ぐ』 小川洋子
タイトルに惹かれて読み(聴き)始めた本書。まさかチェス指しの物語とは思いませんでした。
「盤上の詩人」と称されたロシアの伝説的なチェス指しアレクサンドル・アリョーヒンにちなみ創作された、「盤『下』のチェス指し」リトル・アリョーヒンの、短くも少し不思議な物語。私は将棋が結構好き(俗に言う「見る将」)で、棋士の半生を振り返るような小説も何冊か読んだことがあるが、そういった「○○に人生を捧げた」といった小説とは一線を画す構成となっている。この作品で表現されているものは、上記作品の様な熱意やスポコン的な成長物語ではなくリトル・アリョーヒンを取り巻く現実の「狭さ」と、チェスというゲーム性の「(ほぼ)無限の広さ」との対比の妙。
リトル・アリョーヒンも含め、この作品に出てくる人(動物)たちは、皆何か狭い世界に閉じ込められている。そしてたいていの人(動物)はその世界に不満を述べるわけではなく、息を潜め、(特に強い意志がある訳でもなく)ただ生きている。唯一その世界から出る方法があるとしたら、それは静かな「死」だけで描かれる。
リトル・アリョーヒンは幼い頃からその狭い世界に生き、そして同じように狭い世界に生きた者達を愛した。しかしそれと同時に、狭い世界の住民から教えてもらったチェスの持つ「無限の広がり」を愛した。8×8の盤上で繰り広げられるチェス。その1手1手の組み合わせにより、出来上がる棋譜には天文学的な可能性が広がる。
自らの体の成長を止め、体の節々を窮屈に折りたたみながらも盤下で人形の手を操りながらチェスを打つリトル・アリョーヒンは、盤上で繰り広げられる無限の広がり「広大な海」に身を委ねる。ただ素直に最強よりも最善の1手を指す事だけに意識を集中し、対戦相手と共に美しい棋譜を残すことを願う。静と動。有限と無限。アンダーグラウンドと表舞台。性と搾取。肥満と限られた空間。生と死。狭く閉じられた現実で繰り広げられる、広大で深淵な海への冒険。虫眼鏡で覗き込んだような、(意識して見なければ素通りしてしまうような)小さな物語。
読後しばらく経つが、どこか心に残り続けるこの窮屈で美しいリトル・アリョーヒンの物語を、是非多くの方に読んで欲しいと思う。良作。
『どうしても生きてる』 朝井リョウ
『イン・ザ・メガチャーチ』に続いて拝聴させてもらった朝井リョウさんの小説。「現代小説」と言えばそれまでかもしれないが、朝井さんの切り取る「現代」は切っ先が鋭過ぎて、読んで(聴いて)いて非常に痛い。よくもまあ現代なんていう抽象的な概念を、ここまで上手に表現できるものだと感心してしまう。
『イン・ザ・メガチャーチ』は章が変わるごとに視点が変わり計3名の語り部で物語が進行していたが、こちらの作品はそれ以上に多くの語り部が登場する。しかしそれぞれの物語は他の物語とは繋がっていない。つまり本書は短編集でそれぞれが独立しており、だから終盤に行くに従って物語が大きく終末へ向かうと言った事もない。しかしどの物語にも共通しているものがある。それは圧倒的な閉塞感。そしてそれらは何ら解決されることなく、そのまま登場人物たちの目の前に横たわり続ける。
やりたいことを、やり続けられたらー。
無理なことを「無理だ」と言えたならー。
希望なんて何も無い未来から、目を背け続けられたらー。
半径5メートル以外の出来事なんて、全て無視出来たらー。
自分への自信を、取り戻せたらー。
都合の良いタイミングで、舞台が暗転したらー。
どんなに楽だろうと思う。
けれど、それらが無かったとしても、きっと私たちは別の閉塞感に囚われているような気もする。「生きる」とはそういう事。逃げたいし、やめたいし、面倒なことから目を瞑りたい。選択を間違えたくないし、思い描いた様にうまく行ってほしい。今がダメでも、突然都合良く何かが変わって欲しい。けれど私たちの望む通りには、世界は応えてくれない。それでも私たちはうまく折り合いをつけて、どうしても生きてるしかないのだろうと思う。
現代を生きる人たちの、どこにでもある日常。共感でき過ぎてしまうのが何とも苦しいけれど、とにかく1話1話が濃密な物語で、どのお話も強く惹きこまれた。とにかくおすすめの一冊です。ナレーターさんも頑張りましたね。。
『ドヴォルザークに染まるころ』 町田そのこ
廃校の決まった田舎の小学校で開かれた、とあるお祭りの1日を描いた物語。章毎にお祭りに参加している登場人物の視点が切り替わり、夕方に響くドヴォルザークの『家路』が、それぞれの物語に印象的な効果を与えている。
私自身が1学年10名程度の田舎小学校出身だったこともあり、町を包んでいる田舎ならではの空気感が痛いほど分かった。外の世界に憧れた想いも、残らざるを得なかった痛みも、嫉妬心も、諦念も、後悔も、我慢も、反抗も、従属も、差別も、とにかく何から何までよく伝わった。
特に第2章のチサとサチの物語は前半からは全く予想のつかないところに着地し、後半は涙無しには読む(聴く)事が出来なかった。視点を変えれば、全く違う世界が見える。傍から見ると恵まれているように見える人にも、抱えている傷がある。それぞれの立場に立たないと見えない物語がある。
幸せとは何だろう、と思う。ド田舎に生まれた自身の境遇を恨み大学進学と共にその狭い世界から飛び出した私は、死にたいくらいに憧れた東京に移り住んだ。多くの人に出会った。多くの人を傷つけたし、また多くに人に傷付けられた。それは今振り返ると、田舎暮らしの時と本質的には変わらなかったような気がする。私は最初から不幸だったし、それと同時に幸福でもあった。ただ少し視点が足りなかっただけで。
ドヴォルザークの『家路』が鳴る頃、それぞれの登場人物は新しい決断をする。その行く末は希望が満ちている様でもあり、しかし不幸への入り口の様でもある。行くのか、留まるのか。幸か、不幸か。どちらにせよ、私たちは選択し、前なのか後ろなのかもよく分からないけれどどこかへ進むしかない。願わくば、それぞれの登場人物の踏み出した一歩の先に、不幸よりも(ほんの少しでも多くの)幸せが待っていることを願わざるを得なかった。
やっぱり町田作品は面白いなぁと、改めて感じさせてくれた良作。読み(聴き)やすさもバリエーションの多さも含めてお勧めの作家さんです。読書って素晴らしい!
まとめ
書きたい事はいっぱいあるのですが、気分がどうも沈みがち。本に元気を貰いつつ、頑張って生きます。
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